総論  正 木 五 郎

各論  田 中 喜 佐 太

写真  田 中 正 人

 

 


  

正 木 五 郎


 Mesembryanthema メセンブリアンテマ亜科群 メセン---女仙

 Ficoidaceae Juss. emend.Hutchinson フィコイダケアエ ツルナ科

 Mesembryanthemum L.メセンブリアンテムム属が設定されて以後の分流論議のいく変転は,詳説を避け,結論に急ぐと,最近の文献の示すところは上記の如しで,女仙を作り,賞でるをのみこととする者も,一応これだけは一心得おくべしか。要するに,女仙とは,ツルナ科中の4亜科群の総称である。但し,4亜科名は略する。

 この長たらしい学名を,ドイツでは,Mesemsメセムスと略称し,日本では,これを引き継ぎながらも,語尾のSも蛇足として,メセンとすっきりさせ,更に漢字の音訓を駆使して,女仙と宛てれば,名実伴う,園芸名即ち芸名或は園名,否艶名らしくなる。

 この学名は「真昼の花」の意味だが,約200種位は「宵の花」或は「夜の花」である。

 女仙は,120余属,約3,000種の大群。渡来の記録に在るもの800種位,現存するもの400種位か。

 一年性のものもあるが,殆どは多年性。草姿は,小灌木状或は叢状。

 全種中,約60%位は栽培容易で、寒冷期に防寒さえすれば,戸外栽培で、草花園芸、山草園芸或は岩石園芸などの対象となるが,遺憾ながら,その一般化は将来に俟つべきであろう。

 一部,高度多肉で,葉体玉型のものは,その特異な相貌で,あらゆる植物を通じての,一つの究極の相と美とを示している。これら女仙の多肉化は,低度のものでは,葉形は一般植物のそれに似て,単に厚味を増したに過ぎないが,中程度のものでは,葉の断面は三角形或は円形へと肉厚となり,最高度のものでは,相対する二葉合着して,一個の葉体となり,円筒形,紡錘形,楕円形,卵形,球形或はこれらに類似の形態をとる。玉型女仙とは,この最高度多肉のものに対する俗称である。

 多肉肥厚は,殆ど専ら,実の下面の突出拡張に現われる。そして玉型女仙では,葉体の頂面及び側面即ち一見上面とも見られるのは,実は下面即ち裏面である。この面には,彩色,紋様,小窓,絨毛など,凡そ観賞価値を左右するものが存在する。一方上面は,葉体の割れ目の面として,変テツもない面相を呈しているに過ぎない。女仙の妖しさは後姿に在る。

 玉型女仙の形態は,一種の擬態であって,原生地の岩石,砂礫に似て,動物の目をかすめるためであり,又それは,採取者の発見を困難にする。想像するに,原生地の女仙の姿は,砂塵にまみれ,岩屑に身を寄せたものであろう。

 原生地の自然条件が,生長を困難とさせる季節には,植物が休眠に陥ることは,一般的である。休眠強制権は,寒冷或は乾燥が握る。女仙は,乾期が休眠期であり,それは,夏であるか,冬であるかは,原生地により異る。我々の栽培で,潅水を継続しても,それぞれの種で,一定の季節には,必ず休眠に入る。この事実は,寒暑のサインを乾湿に翻訳,しかも,同一サインを,種により,全く逆に解釈していることを知る。

 休眠期中,コノフィツム属のものに現れる外観は,特に異状である。葉体は,漸次水分を失い,遂に薄皮状となり,内部に形成された新葉体を包皮して,休眠期を経過する。生長開始に当り,脱皮して出現する新葉体の新鮮なイブキは見ものである。

目標とするところは,群生巨大株であり,それには,年月を投入して,栽培に専念すべきである。
初音は愛らしい小型種であるが,株立の群生美は格別。5〜6年も愛培すると, 300頭にも達する巨大株ともなる。

 女仙の郷土は,南アフリカの乾燥地帯。南アフリカは,地域広大,酷烈な砂漠的気候から,温和な海岸的気候まで,気候風土は錯綜。ここを原生地とする植物の種類は夥しく,女仙その他の多肉植物は勿論,珍奇或は秀抜な草花類,球根花卉,濯木,喬木などは,その一部こそは,既に園芸界に登場しているが,大部分は,未だに,埋れた宝石である。

 女仙は,ここを進化と分布の中心として,北進して,北アフリカ,地中海域,大西洋諸島,アラビア,近東に,又オーストラリア,南米,北米などにも,多小分布の歩を延ばしている。

 女仙の原生地は,無霜地帯,降水量極めて少なく,しかも,降雨期は偏在するので,乾期と雨期は交代し,女仙に生長期と休眠期とを強制する。気温の日較差著しく,従って,乾期でも,夜間気湿上昇して,結露を見る。水湿を求めて喘ぐ女仙には,これは,重要な給水源となる。

 地形,土壌の相違は,女仙の場を決定し,従って,それぞれ,案外局部的分布にとどまるという。

 大陸内部の乾操地の通例,土壌反応は,中性から塩基性に傾き,それは,女仙培養土に,石灰分の混入を常識とさせている。

 種 類

 女仙の種類にも,名称にも,更に,両者の間にも問題がある。その解決は,将来に俟つとしても,結果は悲観的のようである。

 女仙では,種類は分類学上の「種」に当るが,「種」の概念をシロウトは理解してるとは限らない。理解に欠けても,シロウトの悲しさ,頼るものなく,学には弱いタチ,異議なく,柔順に従い,それで大抵は問題もない。しかし,時に疑問にぶつかり,始めて,学に志ざすならよいが,学に挑戦する者も出る。所詮「群盲象を撫でて」の批評に過ぎず,「暖簾に椀押し」の負けともなりかねない。

 分類は,花と実との形態上の特徴を主とし,他の部分のそれは従として行われてる。又,細胞学的分析にかけて決着をつけたりもする。従って,シロウトが,観賞上の主点,葉形とか紋様にのみ着目しての議論が通らないこともある。「同種を別種と異を立てる」とか,「異種を同種とは御無理」とかの感も当然である。

 学名は,「種」の設定に伴い命名されるものであるが,前記のことからして,同一学名のものでも,産地により,個体により,或は栽培条件により,シロウト眼には,異種と思われるものが含まれる。偽物呼ばはりする根拠は,一種の先入観である。リトープス中のA種及びB種の各多数,これらを,体の色調,紋様につき,系列的にならべると,A種の左翼とB種の右翼は類似し,左端と右端のものは,全く分別不可能といったこともある。

 学名は変更もある。お初におめにかかった名称のもの即ち新種と早合点して,現品入手して,激憤する者もある。

 分類上の合併統合で,消失する学名もある。現品につき,類似も認めるが,相違もあり,兎に角,処置に窮することもある。和名は,趣味家や業者が自由気儘に思い切り最上の美称として,ヒネリ出したものが多く,拝謁前に名前に魅いられてしまうもの,詩歌文芸の素養不足を,今更歎げかせるものなどある。命名に謙遜は無用,名前負けなどとの評は野暮であろう。

岩 か げ の 群 落

タビ型コノフィツムを,こんな風に植込んで,じっと見つめていると,彼等同志のささやきが聞こえ,たわむれる動きが感じられる様である。

女仙の学名は「真昼の花」の意

秋晴れの続く頃,リトープスの花は,その艶を競って咲き出で,咲き続け,甘い芳香を惜しみなく漂す。

 導入の際,添付ラベルの学名と現品とが一致しないのに,和名が付けられた例もある。

 以上の種々の原因による混乱は,庶定事実は,改めがたいから,解決は極めて困難である。

 各論の種類解説について,この点努力したが誤もあろう。寛恕を願いたい。尚,和学名の対照については,畏友安原圭造氏の教示を賜わった,茲に感謝の意を表する。

 


 

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